rep83-AIプロジェクトを成功に導く―アジャイルとウォーターフォールのハイブリッド戦略

レポート

AI開発の成功を導くアジャイルとウォーターフォールの融合

変化が激しく、不確実性の高いAIプロジェクトにおいて、従来型のウォーターフォール開発だけでは、手戻りの発生や市場ニーズとのズレが生じやすい。一方で、探索的な試行錯誤を得意とするアジャイル開発も、大規模なシステム連携や厳格な品質管理が求められる場面では限界がある。AIプロジェクトを成功に導くためには、それぞれの開発手法のメリットを理解し、プロジェクトの特性やフェーズに応じて適切に組み合わせる「ハイブリッドアプローチ」が鍵となる。

本記事では、AIプロジェクトにおけるアジャイル開発とウォーターフォール開発の最適な組み合わせ方について、具体的な戦略と実践ポイントを解説する。

 

AIプロジェクト特有の難しさと開発手法のミスマッチ

AIプロジェクトは、従来のシステム開発とは異なる以下のような特性を持ち、これが開発手法選定の難しさに繋がっている。

・探索的な性質: どのようなデータから、どのような価値(インサイトや予測精度)を引き出せるかは、実際に試してみないと分からないことが多い。

・要件の不確実性、変動性: プロジェクト初期段階で最終的なAIモデルの性能や挙動を正確に定義することは困難であり、開発途中で要件が変化しやすい。

・データへの依存: 利用可能なデータの質と量が、AIモデルの性能や実現可能な機能を大きく左右する。データ準備に多くの時間と労力を要する場合がある。

・専門性の高さ: データサイエンス、機械学習、ドメイン知識など、多様な専門性を持つメンバー間の連携が不可欠である。

・効果測定の難しさ: ビジネス成果に繋がるかを継続的に検証し、改善していく必要がある。

このような特性を持つAIプロジェクトに対して、

・ウォーターフォール一辺倒の場合:

 ・初期の要件定義に時間がかかり、市場投入が遅れる。

 ・途中で要件変更や仕様変更が発生した場合、手戻りが大きく、コストが増大する。

 ・実際に動くものを見るまでに時間がかかり、関係者の期待とのギャップが生じやすい。

・アジャイル一辺倒の場合:

 ・全体像や最終的なゴールが見えにくくなり、プロジェクトが迷走するリスクがある。

 ・大規模なシステム連携やインフラ構築など、計画性が重要なタスクには不向きな場合がある。

 ・ドキュメント不足や場当たり的な対応により、品質担保や保守性が低下する懸念がある。

といった問題が生じる可能性がある。

 

ミスマッチが引き起こすプロジェクトの停滞・失敗

開発手法とプロジェクト特性のミスマッチは、以下のような具体的な課題を引き起こし、プロジェクトの停滞や失敗を招く。

・「PoC疲れ」からの脱却困難: アジャイル的にPoC(概念実証)を繰り返すものの、本番実装に向けた計画性やシステム連携の視点が欠けており、実用化に至らない。

・品質問題の頻発: アジャイルのスプリント内で十分なテストや検証が行われず、リリース後に問題が多発する。ウォーターフォール的な厳格な品質ゲートが機能していない。

・スコープクリープの蔓延: アジャイルの柔軟性が裏目に出て、次々と新しいアイデアや要望が追加され、本来の目的から逸脱してしまう。ウォーターフォール的な変更管理プロセスが弱い。

・関係者間の認識齟齬: 開発チームはアジャイルで進めていても、ビジネス部門や上位の意思決定層はウォーターフォール的な進捗報告や計画を求め、コミュニケーションギャップが生じる。

・技術的負債の蓄積: アジャイルのスピードを優先するあまり、場当たり的な実装やドキュメント不足が積み重なり、将来的な改修や保守を困難にする。

AIプロジェクトの難しさと開発手法のミスマッチ

Vision Consultingが推進するAIプロジェクト向けハイブリッド開発モデル

Vision Consultingは、AIプロジェクトの特性を踏まえ、アジャイルとウォーターフォールの長所を組み合わせた柔軟かつ計画的なハイブリッド開発モデルの導入・定着を支援する。

1. プロジェクト全体設計(ウォーターフォール的アプローチ):

 ・ビジネスゴールと全体ロードマップ策定: プロジェクト全体の目的、達成すべきビジネス成果(KGI)、段階的なリリース計画を含む大まかなロードマップを定義する。これはプロジェクトの北極星となる。

 ・システムアーキテクチャ設計: AIモデルだけでなく、関連するデータ基盤、アプリケーション、インフラ全体のアーキテクチャを設計する。特に既存システムとの連携や、セキュリティ、運用要件などを考慮する。

 ・データ戦略の策定: 利用するデータの特定、収集・加工方針、データガバナンスなどを計画する。

 ・主要なマイルストーン設定: プロジェクト全体の重要なチェックポイントを設定し、関係者間の合意形成を図る。

2. AIモデル開発・探索フェーズ(アジャイル的アプローチ):

 ・イテレーションによる探索と検証: 短い期間(スプリント)で、データ分析、特徴量エンジニアリング、モデル構築、評価といったサイクルを回し、実現可能性や効果を早期に検証する。

 ・MVP(Minimum Viable Product)開発: ビジネス価値を最小限の機能で実現するMVPを定義し、早期にリリースしてフィードバックを得る。

 ・継続的なフィードバックループ: ビジネス部門やエンドユーザーからのフィードバックを定期的に受け取り、モデルや機能の改善に繋げる。

 ・柔軟な仕様変更: 探索的なプロセスの中で得られた知見に基づき、仕様変更に柔軟に対応する。

3. システム実装・統合フェーズ(ウォーターフォール的要素の強化):

 ・計画的な実装: 開発されたAIモデルを本番システムへ組み込むための実装作業は、より計画的に進める。タスクの依存関係や結合テスト計画を明確にする。

 ・厳格な品質管理: 単体テスト、結合テスト、総合テスト、受け入れテストなど、段階的な品質ゲートを設け、品質を担保する。

 ・変更管理プロセス: スコープクリープを防ぐため、仕様変更の影響度を評価し、承認プロセスを経て反映する仕組みを導入する。

 ・ドキュメンテーション: 保守性や運用性を考慮し、必要なドキュメント(設計書、テスト仕様書、運用マニュアルなど)を作成する。

4. 運用・改善フェーズ(アジャイル的アプローチ):

 ・継続的なモニタリングと改善: リリース後もAIモデルの性能やビジネス効果を継続的にモニタリングし、データドリフトの検知や再学習、改善活動をアジャイルに進める。(MLOpsの概念と連携)

AIプロジェクト向けハイブリッド開発モデル

事例紹介/筆者経験

ある金融機関における不正検知システム開発プロジェクトでは、当初ウォーターフォールで進められていたが、不正の手口が巧妙化・変化するため、初期要件定義通りのモデルでは精度が不十分であることが開発途中で判明した。

Vision Consultingは、プロジェクト計画を見直し、ハイブリッドアプローチを導入した。全体のシステム連携やセキュリティ要件はウォーターフォール的に管理しつつ、不正検知モデルの開発・改善プロセスにはアジャイルを採用した。短いスプリントで最新の不正データを分析し、モデルの特徴量やアルゴリズムを迅速に更新した。ビジネス部門(不正対策チーム)がスプリントレビューに参加し、最新の知見を提供するとともに、モデルの挙動を早期に確認できるようにした。
結果として、変化する不正手口への対応速度が向上し、実用的な精度を持つ不正検知システムを計画通りにリリースすることに成功した。

この事例は、プロジェクトの性質に応じて開発手法を柔軟に組み合わせることの重要性を示している。特に、AIモデル自体の開発のように不確実性が高い部分にはアジャイルが、システム基盤や連携部分のように安定性や計画性が求められる部分にはウォーターフォールが適していると言える。

 

組織的な「適応力」の獲得へ

AIプロジェクトにおけるハイブリッド開発モデルの導入は、単なる手法の組み合わせに留まらず、組織全体に「適応力」をもたらす。不確実性を前提とし、計画性と柔軟性を両立させながらプロジェクトを推進する経験は、変化の激しいビジネス環境において極めて重要な組織能力となる。将来的には、プロジェクトの特性やリスクレベルに応じて、アジャイルとウォーターフォールの比重を動的に調整できるような、より洗練されたプロジェクトマネジメント手法へと進化していくことが期待される。AIプロジェクトの成功体験を通じて、組織全体のアジャイルマインドセットとデータドリブン文化が醸成されていくであろう。

 

検討手順

AIプロジェクトでハイブリッド開発モデルを導入・実践する上で、具体的に検討・実行すべき事項は以下の通りである。

1. プロジェクト特性の評価: まず、対象となるAIプロジェクトの不確実性、複雑性、規模、既存システムとの連携度合いなどを評価し、アジャイルとウォーターフォールのどちらの要素をどの程度取り入れるべきかを判断する。

2. フェーズごとの手法定義: プロジェクトをフェーズ(例:企画、PoC、開発、テスト、リリース、運用)に分割し、各フェーズで主として適用する開発手法(アジャイル、ウォーターフォール、またはその混合)を定義する。

3. 役割と責任の明確化: プロダクトオーナー、スクラムマスター、開発チーム、インフラ担当、品質保証担当など、ハイブリッドモデルにおける各役割と責任分担を明確にする。特に、アジャイルチームとウォーターフォール的な管理部門との連携方法を定義することが重要である。

4. ツールとプラクティスの選定: プロジェクト管理ツール(Jira, Redmine等)、バージョン管理システム(Git等)、CI/CDツールなどを選定し、アジャイルプラクティス(デイリースクラム、スプリントレビュー、レトロスペクティブ等)とウォーターフォール的な管理プロセス(WBS、進捗会議、品質ゲート等)を組み合わせた運用ルールを定める。

5. コミュニケーション計画: 異なる手法を用いるチーム間や、ステークホルダーとの円滑なコミュニケーションを確保するための計画を立てる。(例:定期的な合同会議、共通のダッシュボード、レポートラインの統一)

6. リスク管理: ハイブリッドモデル特有のリスク(例:アジャイル部分の遅延がウォーターフォール部分に影響する、役割分担の曖昧さによる責任問題)を洗い出し、対応策を計画する。

7. 品質保証戦略: アジャイルな開発スピードと、ウォーターフォール的な品質基準を両立させるためのテスト戦略や品質保証プロセスを定義する。

8. 変更管理プロセス: アジャイルな探索フェーズでの柔軟性と、システム実装フェーズでの安定性を両立させるための、適切な変更管理プロセスを設計・運用する。

9. ドキュメンテーション方針: アジャイルにおける「動作するソフトウェア」重視と、ウォーターフォールにおける網羅的なドキュメント作成のバランスを取り、プロジェクトに必要なドキュメントの種類、粒度、作成タイミングを定義する。

10. 組織的な学習と改善: プロジェクトを通じて得られた経験や反省点を活かし、ハイブリッド開発モデルの運用方法を継続的に見直し、改善していく。

ハイブリッド開発モデル:10のポイント

おわりに

AIプロジェクトの成功は、単一の開発手法に固執するのではなく、プロジェクトの特性やフェーズに応じてアジャイルとウォーターフォールのメリットを戦略的に組み合わせる「ハイブリッドアプローチ」にかかっている。計画性を持って全体像を描きつつ、探索的なAI開発部分ではアジャイルの機動力を活かし、システム実装や品質管理ではウォーターフォールの堅牢性を適用することが重要である。

Vision Consultingは、豊富なAIプロジェクト経験に基づき、お客様の状況に最適化されたハイブリッド開発モデルの設計・導入・定着を支援し、AIプロジェクトを成功へと導く。不確実性を乗り越え、AIによるビジネス価値創出を加速させましょう。

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補足情報

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